奨学生の作文

1回奨学生の方々を対象に“かけはし”第2号に掲載する作文を募集したところ36名という多くの方から応募をいただきました。“かけはし”には紙面の関係上15名の方の作文を掲載し、残りの21名の方の作文を下記に掲載いたしました。

■東京リバーサイド学園   于 洋

 奨学金の受賞式で自分の名前を呼ばれた時は、本当に嬉しかったです。私が頑張ってこられたのはおじさんからの励ましの言葉でした。
 それは親戚たちが私を空港まで送ってくれた時でした。私のおじが涙を浮かべながらこう言いました。「留学生生活はきっと苦しいことが沢山あるだろうが、あきらめたらだめだ。困難がある時には、そればかり見ないで、自分の信念、夢を一番目の前に浮かべるんだ。そうすれば困難が小さく見えて、何事も難しくなくなるんだよ。」
 この方法のおかげで私はいくつかの困難を乗り越えることができました。試練があるからこそ私たちは成長していくのです。それにいつでも私たちを熱く見守っている人が沢山います。ですから私たちのことを理解し、奨学金を下さった李さんのご両親、学校の先生、家族と親戚に心から感謝しています。ありがとうございました。

 

奨学金のおかげ

  愛知国際学院  李 立

 私は名古屋の愛知国際学院の学生で去年の奨学金を戴きました。日本に来て初めて奨学金をもらったのでとても嬉しかったです。
 この奨学金をきっかけに 李秀賢君のことを詳しく知るようになりました。李君はとても熱意がある、積極的、そして興味が広くて性格が明るいなど、とても尊敬できる人だと思いました。私は李君と同じ年で、同様に見聞を広げながら、日本語を勉強するために日本にやって来ました。将来は中国と日本に関係がある仕事をやりたいです。李君の死が私は「人間は何のために生きているのか、そして生き甲斐と死に甲斐はなんですか」ということを深く考えるようになりました。人生は短いものですから、この短い人生で李君のように死んでもかまいませんから、甲斐があることをやって生きていきたいと思います。

 

■イーストウエスト    全 宦@珍

 私は去年、初めてつくられた李秀賢顕彰奨学金の奨学生として選ばれました。
 奨学金の申請の時二つの題目で作文を書きましたが様々なことを考えさせられたいい機会になりました。一つは李秀賢さんの勇気ある行動についての作文、もう一つは日本へ勉強に来た理由についての作文でした。
 それを書きながら本当の勇気というものは何かと考えましたし、日本へ初めて来た時の心構えは変わらないでいるのかと今の自分を反省するいい勉強になりました。
 それに、奨学金は大学の受験料などの本当に必要な部分に使わせていただきました。おかげ様で今は願っていた大学にも合格しまして、新しくはじまる生活を楽しみにしています。子どもの時からの夢に一歩近づいた喜びを感じながら今からも一生懸命やって行きたいと思っています。いつまでも日本へ初めて来た時の心を忘れずに。

 

■イーストウエスト  金 愛 花

 私は去年9月に「李秀賢さんの勇気ある行動について」と「私の将来の目的」について二つの作文を書きましたが、いまだに印象深く記憶に残っています。
 奨学金をもらえたことについての喜びは一生忘れないでしょう。
 人の価値観はいろいろですが、自分を犠牲にして線路に飛び込み、見知らぬ人を救おうとした彼の勇気ある行動に対しては誰でも称賛するでしょう。言葉でうまく表現できませんが、彼の行動は大勢の人に人の心の美しさを改めて教えたと思います。
 私の将来の夢は日本語の通訳になることです。その目的のために一生懸命頑張っています。きっと夢を果たします。
 奨学金は進学準備のためにいろいろ使いました。本当に助かりました。残念ながら今年は志望していた大学に入れませんでしたが、たとえ進学先が変わっても一生懸命頑張って、近い将来夢を実現した私をみなさまにご披露したいと思っています。
 奨学金を下さった李秀賢顕彰奨学会の方々に感謝しております。本当にありがとうございました。

 

 わたしの進路  

  翰林日本語学院    宋 暁 萍

 この度奨学金をいただいて、どうもありがとうございました。
 この奨学金は、私の勉強と生活にとって、ただのお金だけではなく、大きな意味のあるものでした。生活の苦しさを感じた時、進学をあきらめそうになった時「奨学金をいただいたからには、しっかり勉強しなければ」という強い気持ちになることができました。ずっとこの気持ちを持って努力し、関東学院大学の経済学部に合格しました。だから、この奨学金には本当に励ましてもらったと思っています。
 来月からもう大学に行きます。大学に入っても一生懸命勉強するつもりです。ちゃんと経済学科の知識を身につけて、卒業後経済分野の一員として、中日の経済発展と友好交流に貢献したいと思います。私も李さんのように国と国のかけはしになりたいです。
 これが私の今の夢です夢を叶えるために前向きに努力して行きます。

 

■東方国際学院  申 于 定

 私は去年の10月に李秀賢顕彰奨学金をもらいました。今は大学入学準備をしている予備大学生ですが、その時は日本語学校の学生として、毎日のようにアルバイトや日本語の勉強、大学へ合格するための受験勉強でとても忙しかったのです。しかし、経済的理由等で勉強よりはアルバイトの方で最も忙しかったのが事実です。そのような生活の中で私は奨学金をもらうようになり、勉強にもっと力を入れられるようになりました。ただ目にみえる現実のため、毎日が未来を見る余裕もなかった私は勉強をしはじめたことで、忘れかけていた未来をみたのです。高校卒業後すぐに日本にまできて、色々と感じたことがあり、その過程で自分という一人の人間が人生で何をしたいのかを悟ったのです。そこで看護という道を選びました。外国人として、まだ誰も進んだことのない道でしたが、日本で日本のことを見て、感じて、その仕事がしたいと思ったので、一生懸命勉強しました。何回も落ちて、その度泣いたりもしましたが、この奨学金をもらってから感じたことを思い出してがんばりました。そして、今年やっと第一希望だった大学の看護学科へ進むことになったのです。私はこれからもこの奨学金が私に与えてくれた希望を忘れずに日本での看護の道を歩んで行きたいです。

 

■東和国際教育学院   高 立 軍

 李秀賢顕彰奨学会より、奨学金をいただきまして、本当に助かりました。心から感謝しております。
 
李さんの自分の命が犠牲になるのもかまわず、他人を救おうとされた英雄的な生き方にすごく感動しております。時々自分にこうきいております。もし私がこんな場面に遭ったら、どうするか、李さんのような行動に出ることができるか、いくら聞いて見ても、答えはでませんでした。しかし、私は李さんの日本留学という遺志を引き継ぎ、実現させることで、留学生として何らかの存在の証を示すことができるとおもいます。奨学金をいただいて、以前よりもっと勉強に集中できるようになりました。そして、九州情報大学を志望し、経営情報科学の経営会計コースに合格することができました。これから、IT技術と経営を勉強し、できれば、公認会計士の資格を取りたいと夢はふくらむばかりです。李さんの志を実現させるつもりで、目標に向かって、誠心誠意日本留学を成功させたいと思います。本当にありがとうございました。

 

卒業を迎えて

 青山国際教育学院日本語センター    金 美 榮

 日本に来てもう2年。卒業を迎えました。長いと言えば長い時間でしたが、私にとっては、あっという間に過ぎてしまった大切な時間でした。
 今振り返ってみるといろいろなことがありました。楽しかったことも、明日にでも国に帰りたいと思うくらい辛かったことも・・・。今になって思い出しますと、一つ一つ私の人生に大切な経験だったと思います。
 私が日本に来た2年前・・・・。慣れていない日本の生活は本当に大変でした。外人という目に見えない名札をつけて暮らしました。その時、あたたかい言葉で私を支えてくれた先生、友達にありがたい気持ちも伝えられませんでした。本当にありがとうございました。
 専門学校に進学することにして、また2年日本で勉強することになりました。日本語学校と違うところもありますが、これまでの2年の経験を元にして新しい学校も頑張りたいと思います。
 また2年後には恥ずかしくない自分になれるように頑張ります。

 

■ミツミネキャリアアカデミー日本語コース 陳 薇 安 

 日本での 留学中に李秀賢顕彰奨学金を受けることができてほんとうにありがとうございました。最初、自分が奨学金をもらえるなんて全然考えていませんでした。今でもありがたいのは先生たちがこのような機会を与えてくれたことでした。それが、きっかけで、李さんがどんな希望と夢を抱いて、日本に来、それて、あの日の出来事で自身の尊い生命と夢を失ってしまったかということ、さらに、この奨学金の設立の目的など、資料を見ながら理解しました。
 ただ、奨学金をもらうのではなく、就学生として日本語を勉強することのほかに、どんな使命が自分にあるのか、李さんのことを知る前には全く考えなかったことです。大きな世界で、小さな私たちが大きく貢献することはできないけれど、母国と日本のかけ橋になることをめざして、李さんの遺志を胸に頑張りたいと思います。
 今、自分の国で、会社の秘書をしています。仕事を終えてから、「華語師資課程」という中国語の先生になる課程の受講を始めます。留学中にたくさんの日本人に助けてもらいました。今、台湾にいる日本の留学生に中国語の勉強や、外国での生活の手助けをして、多くの人に台湾のすばらしさを知ってもらいたいと考えています。

留学の感想

  東京日語学院 王 冠 東

 いろいろ勉強したり、経験したりしていて、間もなく、日本に来て、二回目の桜が咲いてくる、僕の留学の生活も一年半が過ぎた。ありがたい事とありがたい人の優しさで、僕は自分の夢と目的を忘れずに頑張っている。
 今留学生が必ずしも多いとは言えない、と僕は思っている。その中に、お金のために来て、アルバイトばかりしている人もいるし、両親のお金で日本に来て、勉強のかわりに遊んでばかりいる人も少なくない。もしお金のためなら、どこでも稼げると思う、しかも日本経済の現状は厳しくなってきた。遊びのためなら、わざわざお金をいっぱい出して、日本に来たのはやりすぎる。僕は両親の送金で留学するのはあたりまえと思わない。両親は苦労していろいろやってくれて、どんな言葉にも自分の感謝が表せない。今まだ迷っている人は目が覚めてもらいたい。世の中の両親は本当にかわいそう。

李秀賢さん ありがとうございます

  アカデミーオブランゲージアーツ 朴 美 玉

皆さんは昨年一月二十六日、新大久保駅で発生した、ある日本人を救うために路線に飛びおりて帰らぬ人になった李秀賢さんをご存知でしょうか?
 その日、彼は授業が終わった帰りがけに駅の路線によっぱらいが落ちたのを見て何んの迷いもなしにとっさ路線におりて救おうとしました。しかし、山手線というのは電車と電車の間隔が短かく、彼がその日本人をホームの上に上らせる前に電車がきてしまって残念な事件が起きました。事件が起こってまもなくして日本全国からたくさんの義援金がとせられました。その義援金を彼の両親は今日本で頑張っているアジアの就学生たちに彼の精神を受け継いでもらうことを願い奨学金の形にしました。日韓のかけ橋としてすこしでも役に立ちたいという両親の気持ちがしみじみ感じられました。彼のおかげで私もその一員になって、今は大学に合格して4月から大学生活を送ることになりました。李秀賢さんは就学生のままこの世を去りました。大学に入って自分の夢を実現したかっただろう彼の気持ちは、今は私たちにまかせてください。李秀賢のお父さん、お母さん、彼は私たちのそばから離れていますが彼の魂は私たちと一緒にずっと、ずっと生き残っていると私は信じ、頑張ります。

 

■インターカルト   周 子 悦

 私が日本に来てから、一年が経とうとしています。この間に、幸運にも「李秀賢顕彰奨学金」から奨学金をいただくことができました。いただけるという結果を知ったとき、おどろいて、信じられませんでした。この奨学金の一部で、授業料を払い、残りは勉強のための本などを買いました。ですから、ほかの学生よりも生活が楽になっただけではなく、勉強への意欲も一段と強くなりました。
 日本で日本語を勉強するには、日本人の心を理解することも一つの大切なことだと思います。中国人には中国人の考え方が、日本人には日本人の考え方があります。国際化が進む今、自分を主張するだけではなく、相手を理解することのできる本当の国際人になれるように努力していきたいと思います。
 四月から、午前クラスになり、新たな生活が始まります。自分の将来を考え初めています。進路はまだはっきりとは決めていませんが、李秀賢さんのような夢を持っています。中日交流のために、さらなる努力をし、それを実現できるように頑張ります。
 

■インターカルト  權 卿 福

 もう奨学金を頂いてから大分時が経ちました。奨学金を頂く事になったと知った時はうれしいながら少し不安でした。「本当に自分がこんな大切なモノを頂いても大丈夫かな」と思ったのです。しかし、こういう不安は少しずつ「自分が頑張って日本での生活が充実すればよいのだ」と思うようになりました。それで今年、私は願いに願っていた文化服装学院に入学する事になりました。これは自分の努力よりいつも周りで暖かく見守ってくださった皆様のおかげだと思っています。今まで失敗をくりかえしていた私ですが、今度こそ自分の能力を、自分の力を試してみたいです。「ゼロからまたスタートしよう」と思って頑張りますのでいつまでも暖かく見守ってくださるようにお願いいたします。本当にありがとうございました。最後に、李秀賢さんに「ありがとうございます」という言葉をお伝えいたします。

私の日本生活

  東京ギャラクシー語学アカデミー  タマーシ

 私は一年半前に日本にきました。初めはほとんど日本語も分からず日本人の生活習慣などは全く分かりませんでした。私はうまく日本で生活し、日本語を勉強することができるのかとても不安でした。そんな中で語学学校の先生方は不安な私にとても親切に様々な相談も聞いて下さいました。また先生方に教わったおかげで日本語がうまくなり、書けるようにもなりました。さらに日本の文化や習慣などの大切な事もたくさん知ることができてよかったです。また、右も左も分からない日本で私なりに生活してきて、人間としてもすごく成長したと感じます。私の日本の生活で大切なことの一つは語学学校を卒業できたことです。これは先生方がおうえんしてくださったおかげだと思います。
 私の日本の生活でもう一つの大切なことは李秀賢さんの奨学金です。その奨学金は日本の勉強を続けるためにとてもやくにたちました。心から感謝しています。
 学校を卒業して専門学校に進学することになりました。日本の生活は大変ですがそれぞれの目標に向かってあきらめる事なく頑張っていきたいです

私にとっての英雄故李秀賢氏

  国書日本語学校   金 載 潤

 以前李秀賢君の勇気ある行為について感想を書いたことがある。「2001年1月26日JR山手線、新大久保駅のホームから誤って路線に転落した見知らぬ人を救助しようと自らの危険を顧みずとっさに路線に飛び込み帰らぬ人になった」 時々私は彼の勇気ある行動について考えている。もし私がその現場にいたとしたら、果たして彼のような行動が取れるだろうか。自分の肉親、親友、恋人でもなんでもない人、それに他国で他国人のために、全く関係ない人のために、これを読んでいるあなたにもこういう行動が取れるか聞いてみたい。彼はどうしてそんなことができたのか、彼のホームページからその答えを見付けた。「いつ振り返ってみても後悔がないようにする事、そんな自分を目指していつも努力している」彼のその言葉通りあの時も後悔しない道を選び帰らぬ人となった。私はそんな彼に少しでも近づきたいという気持ちで毎日を後悔しないように努力している。そのおかげか李秀賢顕彰奨学金から奨学金をもらうことができ、進学も決まった。
 人生というのは過ぎたら二度と戻らないもの。彼のようにいつどこで振り返っても後悔しないように頑張りたい。

 

日本語学校の2年間

  日本東京国際学院  チャミンダラシャグル

 私は2003年3月7日日本語学校を卒業しました。2年前日本にきた時は日本語が全然分からなかったので勉強は大変でした。しかし、学校の先生たちにわかりやすく教えていただいたので大丈夫でした。その2年間は勉強より生活も大変でした。つまり私の国と日本は全然違います。どこへ行っても言葉もわからないし、字も分かりませんでした。でも、だんだんなれてきました。私の学校では私と同じ言葉を使う国の人がいなかったから全部日本語でした。考えてみるとそれが今の日本語のレベルになりました。でもまだ勉強することがたくさんあります。日本語で一番難しいのは漢字の勉強でした。それは私と同じように漢字を使わない国から日本に来た学生の大きい問題です。日本へきてから始めて漢字の勉強をはじめるのは大変だと思います。
 その2年間よりつぎの2年間はもっと大変だと思いますが そのためにもっと頑張りたいと思います。 日本語学校でいい結果を出したら将来の勉強が楽になります。それで頑張って勉強したから専門学校に合格しました。専門学校では今までと授業が違うと色々な人から聞いています。日本語学校で勉強するときみんなで話したりゲームをしたりとってもたのしかった。わからないことがあったら先生達にやさしく教えてもらいました。でも、専門学校ではほとんど自分でやらなければなりません。
 それを考えて日本語学校にいる時より一生懸命頑張っていい結果をだして私の夢をかなえるために頑張りたいと思っています。

 

忘れない東京の日

  学旺日本語学校  武 紅 梅

月日が経つのはとても早くて、就学生として日本にきてからもう一年半が過ぎました。 日本に来る前の夢の一つが実現しました。それは日本の大学に合格したことです。日本語学校の先生のおかげで、平成十四年度李秀賢顕彰奨学会奨学生の資格をもらって25万円の奨学金をもらいました。このお金は私が勉強に打ち込むのにとても役にたちました。二ヶ月ぐらい全然アルバイトしなくて、集中して勉強できました。そのおかげで、九州国際大学に合格することができました。そろそろ九州にいきます。もうすぐ東京を離れなければならないのですが、東京にいた毎日の思い出は一生忘れられません。勿論、九州に行ったら新しい生活に挑戦しようと思います。 ぜひ東京の忘れがたい日々を大学の先生とクラスの友達に伝えます。みなさんありがとうございました。

 

■飛鳥学院   金 哉 日文

 日本に来てもう2年が経ちました。たくさんの夢を胸に抱えて来日したときから考えてみると、日本語学校での二年は本当に貴重な時間でした。初めての外国生活、初めて会った外国人の友達など、初めはただ難しく感じられたことにもだんだん慣れてきて、今は楽しく感じられるし、これから長い時間の記憶によかったこととして残ると思います。
 その中、特に思い出になるのは「李秀賢顕彰奨学金」をもらったことです。彼が亡くなったからもらったことだけあって、彼の分まで頑張らなければならないと思うようにしてくれ、もっと努力するようになれるきっかけだったからです。私はこれから大学に行って心理学の勉強をするつもりです。今までの勉強と比べたらもっと苦労になるでしょうが、やりたくても出来ない死者を思い出し、彼が持っていた夢を思い出し、頑張って行こうと思います。
 また大学生活を通じて日本をもっと深くしり、国との架け橋になりたいと思います。

 

これからのこと

  飛鳥学院  宋 貴 花

日本へ来てもうすぐ一年半になります。一年半の間成績は普通だったが、自分で本当に努力はしてきたと思います
 成田空港に降りてから、言葉が分からなくて苦労した私にとって、一年半はいったいどんな経験だったでしょうか。
 言葉は全然だめだったのが今は日常の会話ができるようになって本当に嬉しいです。もっと嬉しいのは、全然考えなかった奨学金をもらったこと、進学もうまくできたことです。今日もう一度みると、一年半の間辛いこともあったが、嬉しいことがもっと多いのです。
 今日まではこんな日々を過ごしていたが、明日からはどうなるのでしょうか。明日からは新しいページに有意義なものを残すために、頑張りたいです

 

後悔なんか言わない

  ATI東京日本語学校  趙 陽

 この間、学校の旅行で富士急ハイランドに行きました。これは私にとって、忘れられない旅になりました。そこでFUJIYAMAというジェットコースターに乗りました。いつも臆病な私は勇気をだして体験しました。本当に泣くほど怖かったですが、私は後悔しませんでした。最後まで頑張って自分に勝ったから、私も自分に拍手しました。人として、自分の決めた事に後悔していないと思います。
 留学するという夢を抱いて、日本に来ました。そして、来て初めて、両親を離れた生活の苦しさが分かりました。最初の頃、引越しやアルバイトなどいろいろな事に慣れなくて、大変でした。後悔したこともありますが、これは自分で決めたことなので、後悔していけません。その後、アルバイトをしながら勉強する生活を送って、困難を克服してきました。
 その結果、奨学金をもらう機械も得ました。今春、私は大学に進学します。それまでの短い時間を楽しんでいます。